片岡愛之助(かたおかあいのすけ)さんといえばあの大人気ドラマ「半沢直樹」シリーズ金融庁検察官の黒崎駿一を演じ、クセのあるキャラで大ブレイクしましたね。今回は、そんな片岡愛之助さんの若い頃や隠し子の噂などを紹介していきたいと思います。
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片岡愛之助の若い頃はテテだった!
片岡愛之助さんは、その端正なルックスとニヒルな表情で、昔から女性ファンがかなり多かったんだとか。SNSでは、若い頃の片岡愛之助さんがBTSのテテにそっくりだと話題になっていました。
若い頃の片岡愛之助、テテちゃんにそっくりでビックリした…… pic.twitter.com/JaAKaCUFAD
— あさみん (@asamin_jinbts) October 22, 2020
たしかに、目元なんかはテテさんに似てますよね。どちらも超絶美形に違いないです!また、片岡愛之助さんは自身のブログにて19歳の頃の写真をアップしていて当時の事を振り返っています。
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これで19歳とは、とても思えない風格もありますね。
19歳のときに十三世から「愛之助」を継ぐよう言われ、当時大阪の中座で上演だった『勧進帳』で六代目片岡愛之助を襲名し、駿河次郎役を演じた。
そのような経緯もあり片岡は、「僕にとっては、愛之助の名になったとても思い入れ深い お役です そこで、愛之助を襲名させていただいた時のお役、駿河次郎の、写真を」と19歳の頃の写真を載せ、現在45歳の写真と比較して、「若いなぁ」とコメントした。
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現在は、女優の藤原紀香さんと結婚されて、無事に落ち着きましたが、昔はたくさんの女性に囲まれていたことが想像できますね。
片岡愛之助に隠し子がいたのは事実だった!母親は?
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昔から女性にモテまくっていた片岡愛之助さんには、隠し子がいるのでは?という噂があるようです。そして2011年には一部週刊誌で隠し子の存在が報じられたんだとか。
その報道後、片岡愛之助さんが出演していた「二月大歌舞伎」の会見にて、記者が聞いてみたところ「おおむね事実でございます。」と、片岡愛之助さんは隠し子の存在を認めました。
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それを公にしなかった理由としては「(相手の女性と)2人で話し合って決めた。世間さまに報告することではない」と答えたようですね。気になる隠し子の母親については大阪・北新地のホステスで2年ほどお付き合いしていた女性のようです。
ではなぜ片岡愛之助さんは、子供ができたのにも関わらず、結婚に踏み出せなかったのか?
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子供ができた当時の片岡愛之助さんは、自身がまだ修行中の身だと言う考えがあったようです。そして2人で考えた上で、それぞれの人生を歩もう、と決めたようです。
なお、片岡愛之助さんは子供の認知はしていないようです。お子さんは父親の存在を知っているかどうかも不明だということでした。知らない方がいいのか、知っておいた方がいいのか、どちらとも言えませんね。
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しかし片岡愛之助さんは、認知はしていないものの「必要なことがあればフォローする」と決めているようですね。という事で、隠し子の噂は事実のようです。
片岡愛之助の実家は堺の工場!歌舞伎一家じゃなかった!
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続いて片岡愛之助さんは元々、大阪府堺市出身で本名は山元寛之さんと言います。実家はスクリュー製造工場をしているようです。スクリュー製造工場なので、ダンプカーなどが出入りすることが多く、子供の頃は遊ぶ場所がなかったそうです。
その事を不憫に思った両親は、片岡愛之助さんを松竹芸能の子役に応募させたようで、結果は見事合格。そのまま芸能界に入りました。そして同時に歌舞伎に興味を持っていく事になります。
片岡愛之助は歌舞伎の為に養子になっていた!
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片岡愛之助さんは歌舞伎と出会った時の事をインタビューで次のように語っています。
「週1回通って発声練習や芝居の練習をしていたら、NHK連続テレビ小説「欲しがりません勝つまでは」の子役をきっかけに、少しづつお仕事をいただくようになりました。歌舞伎を知ったのは、小学2年生の時。初めて歌舞伎の仕事をいただいた時はカルチャーショックでしたね。
子供の目にはまるでテーマパークのようでした。あんなに顔を白く塗っている人は見たことがなかったし、お兄さんやおじさんが突然きれいな女の人に変身する。きらびやかな花道や役者が宙吊りになって飛んでいく仕掛け(宙乗り)も面白かった。それ以来、ずっと僕は歌舞伎が好きですね。」
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小学生の頃に歌舞伎の世界に触れた片岡愛之助さんでしたが、歌舞伎の出演が来るたびに学校の勉強についていくことができなくなり、芝居を辞めざるを得ない状況になります。そこで声をかけてくれたのが片岡秀太郎さんでした。
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勧誘帳の太刀持でじっと座っていた片岡愛之助さんを見て「この子は芝居が好きそうだなぁ。」と思ったのがきっかけだったそうです。そして、弟子入りの話をいただいたようなのですが、歌舞伎といえば血縁重視の世界です。一般の家庭出身の子が歌舞伎役者になれるのか?と両親はかなり悩んだんだとか。
しかし、最終的には片岡愛之助さん自身の希望もあり、十三代目片岡仁左衛門の部屋子として入門し、千代丸を襲名されます。その後片岡愛之助さんの高校卒業前に、愛之助を襲名するタイミングで片岡秀太郎さんの養子になったそうです。
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実の父親が背中を押してくれたそうで、「男は仕事が大事。一生歌舞伎の世界で生きていくなら、行きなさい。」といって送り出してくれたそうですよ。片岡愛之助さん自身も、中卒で歌舞伎役者になりたいと思えるほど、歌舞伎に情熱を注いでいたそうなので、まさに片岡愛之助さんにとって歌舞伎は、天職だったのでしょうね。
歌舞伎に全く縁のない、家庭に生まれ育った片岡愛之助さんが養子になって、歌舞伎役者になり、苦労もたくさんあったかと思います。しかし本人の努力もあり、ここまで人気が出ているということは、それほど才能があったということでしょうね。
まとめ
片岡愛之助の若い頃はBTSのテテそっくりだった!
片岡愛之助にはホステスとの隠し子がいて認知はしていなかった!
片岡愛之助は歌舞伎一家ではなく普通の家庭に生まれて歌舞伎役者を目指していた!
片岡愛之助は愛之助になると同時に片岡秀太郎の養子になっていたようだった!
いかがだったでしょうか?昔の片岡愛之助さんのイケメンさに驚きました。ホントにBTSのテテにそっくりでしたよね!隠し子の話には驚きましたが、当人同士の問題なので、外野があれこれ言うことではないですよね。これからも片岡愛之助さんの活躍を応援していきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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